「ヘッジファンドI」を読む(3)

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セバスチャン マラビー(2012)「ヘッジファンド―投資家たちの野望と興亡〈1〉」  楽工社

本の概要(再掲)

ヘッジファンドの歴史の本。巷にあふれる「ヘッジファンド=悪」ではなく、(少し擁護的ではあるが)淡々とヘッジファンドの歴史について記載している点が特徴。

各時代を象徴する人物・ファンドについて1章を割きながら記述しているため、人物史的な面白さもある。

2011年、金融・経済分野でのジャーナリズムを表彰するジェラルド・ローブ賞を受賞。

以下面白かった部分を抜粋。

第3章~第5章

「第3章 ポール・サミュエルソンの秘宝」はチャーチスト(日本ではテクニカルアナリストと呼ばれる)であるコモディティズ・コーポレーションの章。

「第4章 錬金術師」はジョージ・ソロスに関する章。

「第5章 番長」はタイガー・マネジメントの創業者、ジュリアン・ロバートソンに関する章。

いずれの章も人物伝としては面白いが、投資に関する洞察という意味では特に目を引くポイントはなかったので引用はなし。3者とも手法はずいぶん違うものの、いずれも下記を原因として大きな成功を収めたといえる。

  • 個人の優れた直観を信じ、大胆なポジションをとる(ヘッジをしない)
  • 投資を実行していた市況が、各人の手法に非常にマッチしていた

直観を信じて大胆なポジションを取ること自体は、その人物の優れた知性・感性を示す例にはなるが、残念ながら再現性がないためあまり参考にならない。「直観」をより深く探っていけばそこから汎用性のある洞察が得られる可能性もあるが、残念ながら本書ではそこまでの深堀りはない。ソロスなどは、ウォーレンバフェットと同様、ソロス単独に関する書籍がいくつもあるので、そちらを読むことで彼の「直観」の源泉を理解するのがいいのかもしれない。

いずれにせよ、本書を読んだだけでは上記3者が本当に優れていたのか、それとも確率論的に外れ値をピックアップしただけなのかは判別不能。

第6章 ロックンロール・カウボーイ

 チューダー・インベストメント創業者のポール・チューダー・ジョーンズに関する章。1980年から投資を開始し、綿花のトレードから始まり日本への投資(空売り)など幅広く投資を実施。「逆張り投資家(コントラリアン)」として知られる。2014年にファンドを償還した。

綿花取引所のフロアにいたころから、彼(ジョーンズ)は他のプレーヤーのポジションを観察することの重要性を理解していた。大物投資家が現金のうえにふんぞり返っているのか、それともすでに思いきって資金を投じたのかを知っていれば、相場がどちらに動きそうかを見分けやすい。いかなる状況でもリスクとリターンのバランスを判断しやすい。ピットトレーダーは、ライバルたちが大声で注文を叫んでいるのが聞こえるから、彼らのポジションを知っていた。いったんフロアを離れると、ジョーンズは同じように市場に対する感触がつかめるよう、即興的にさまざまな方策を講じた。大手の機関投資家を顧客に持つブローカーに電話をかけ、現物ポジションをヘッジするために商品市場を利用する商社に連絡をとり、仲間のヘッジファンド・マネジャーと頻繁に話をした。(中略)だが、他の投資家がどうしているのかを知るだけでは不十分である。彼らがどうしたいのかー何が目的で、状況ごとにどう反応するのかを知る必要があった。日本のファンド・マネジャーが例の8%のハードルをクリアすることにこだわっていると知っていれば、1月に相場が下がったら彼らが債券に乗り換えるだろうと予想がつくわけだ。(p226)

市場参加者の誰が主要プレイヤーで、そのプレイヤーのインセンティブがどのようになっているかを見極めること。これをグローバルで実施したことがポール・チューダー・ジョーンズの強みだろう。彼はその洞察を元に日本のバブル崩壊時に株式市場のショート(空売り)で莫大な利益を手に入れた。

上記引用の「日本のファンド・マネジャーが例の8%のハードル」というのは、下記を参照。

日本の預金者はファンド・マネジャーに年8%のリターンを期待していたのだが、このハードルが重要視されたため、株式市場が反転(下落)するとファンド・マネジャーは防御のために債券になだれ込むのである。それならリスクフリーで8%の収益を確保できるからだ。(p223)

ここでは、日本のファンド・マネジャーが日本の債券市場の平均利回り(8%)を超えるために株式市場で運用を行っていた点が重要となる。株式市場が債券のリターンを上回る限り、これらのファンド・マネジャーは株式市場で運用を続ける(したがって株式市場全体の運用額も高止まり=株価も高止まり)。しかし、株式市場の利回りが悪化することが彼らの共有知識になってしまえば、彼らは株式市場から資金を引き揚げ、債券市場で安定運用に移行する。全員がそのような行動に走れば一気に株式市場から資金がなくなり株価は暴落する。この「8%」という水準を見極めた点がポール・チューダー・ジョーンズの慧眼だ。